60年代の終わり、高橋和巳の『わが解体』や当時創刊された雑誌『銀花』の美しさにひかれ、装幀家を目指したという高麗さん。装幀の仕事にかかせない紙への「こだわり」についてうかがった。
「装幀はブックデザインともいいますが、グラフィックデザインの中では、非常に特異な分野ですね。
ポスターやチラシは、そのものが商品ではない。人にいいなあ、欲しいなあと欲望を感じさせて、購買意欲をそそるのが目的。ワンクッションあるわけです。装幀は商品そのものの装いです。本の場合、カバーを見て本を手にとる。めくってみるといった時間と空間を含めて、装幀は著者の想いや考えをその場で人に伝えなくてはならないのです。直接触ることが前提。そういう意味で、装幀はデザインの部分とともに紙を選ぶことも大事な要素になっています」
欲しいのは、白くて軽いしなやかな紙
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「本が捨てられているのを見ると、僕らの世代は抵抗を感じますね。文字に対する霊性とか、呪術性がまだ残っているのかもしれません。印刷方法が変わり、大量に書物が送り出されると、徐々に文字にパワーが感じられなくなってくる。これは、紙や印刷の技術が高度になり、機能的になってきたことも少し影響しているのかもしれません。
洋紙は、写真、文字のインクのノリや再現性などの質を高めた、すぐれた新製品が開発されていますね。でも、触りごごちとか、めくる感触や音、質感などを優先して紙をつくることは、あまりないように思います。たまに、洋書で感じのいい紙に出会うと、日本の技術は最高なのに、なぜこういう紙をつくらないのかなと。マニュアルや辞書など、機能を優先するものはデジタル化してCD-ROMにするのもよいかもしれない。でも、手にとって読みたい本は手触りなどの感覚を味わえる紙を使い、より「紙でつくった本」であることの意味を高めたものになる。そうした棲みわけができるといいですね。
今欲しい紙は、白くて軽くてしなやかな紙。鏡のような張り詰めた白さではない、やさしい白い紙。そういう紙で詩集とかをじっくり時間をかけて装幀してみたいですね」
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