日本製紙株式会社日本製紙新聞営業本部

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通算15号
有楽町かわら版
2001年(平成13年)1月4日 (季刊)
「2000年10大ニュース」

1.大昭和製紙との統合

 昨年のトップニュースはダントツで、大昭和製紙と当社との事業統合の話題でした。今年3月末には、日本製紙と大昭和製紙は「日本ユニパックホールディング」という持ち株親会社の傘下に入り新たな企業集団の構築を目指します。我々営業部門は共同の販売会社「日本紙共販株式会社」に組織を引き継ぎ、7月から新たに発足する計画になっています。生産体制の効率化や交錯輸送の改善等多くの課題を克服しながら、顧客第一主義を貫き、競争力ある会社になってグローバルな企業を目指します。


2.新営業体制スタート

 お客様へのサービスを重視した、マーケティング企業体制にするために、4月から大幅に営業組織を再編成しました。「新聞営業部」と名前を新たにし、新聞社のご使用になる紙製品全般の窓口を一本化しました。今までの新聞用紙だけではなく、洋紙の販売も担当することになりました。今まで以上に新聞社や印刷所の皆様方のお役に立てるように努力しています。まだまだ力不足でご迷惑をおかけしていますが、製造現場との意思疎通をより一層改善しながら、マーケティング企業を目指したいと考えています。

3.超々軽量新聞用紙の誕生

 坪量40g/uの超々軽量紙が、日本経済新聞社さんと当社をはじめメーカー5社との共同の取り組みで遂に誕生しました。昨年10月から本格的に使用されております。裏抜け対策や強度の確保などで苦労することが多かったのですが、数々の改善と日経さんのご支援により難関をクリアし、ようやく日の目を見るに至りました。

4.八代ワインダーの増設

 平成10年2月に稼動した最新鋭のマシンが、八代工場のN2マシンです。世界一の抄造速度に応じて、ワインダー仕上能力をより強化するためにもう1台増設しました。これによって、日産能力を大幅にアップできるようになりました。八代N2マシン新聞巻取は、九州地区では高いシェアを頂戴しており、多くの新聞社にご愛顧頂いています。


5.釧路工場8マシン、ソフトニップカレンダーを設置

 紙の繊維をできるだけ破壊せずに、平滑度を高めるための、ソフトニップカレンダーが釧路工場8マシンに設置・稼動しています。当社としては八代N2マシンに継ぐ2台目の設置になります。前述の超々軽量新聞の完成にも大きく貢献した設備です。より良い紙をより造りやすくなりました。次は7マシンにも取りつけることが既に決定しています。

6.釧路 DIP70%配合プロジェクト完了

 昨年はDIPの高配合製品の品質安定に本格的に取り組んだ年でした。あらためてご支援頂いた新聞社の皆様に御礼申し上げます。これにより、当社独自の「環境憲章」の目標数値をクリアできました。長期的な視野に立った上で、原料古紙の安定調達と製品品質の高位安定にマッチした配合率70%を当社は目指しています。また新聞古紙だけでなく雑誌古紙の有効利用等21世紀の課題に挑戦しています。

7.釧路新輸送体制の確立

 釧路から消費地への物流の面においても、新しい取組みを行いました。従来から、RORO船と呼ばれる専用船で輸送していましたが、今度の新しい大型RORO船では、シャーシ(いわばトラックの荷台で、車体につなげればそのまま輸送が出来る)主体の輸送になります。これにより内陸倉庫への直送体制を強化し、また原料古紙の輸送力もアップして、輸送コストの削減に努めます。


8.釧路GP設備が停機

 GPとはグランド・ウッド・パルプの略で、原木丸太をグラインダーで大根おろしのように摩砕して機械パルプを製造する設備です。釧路工場で見学できる名物的な存在でしたが、大正以来の80年の歴史に幕を下ろし、停機することになりました。長い間のお勤め、本当にご苦労様でした。

9.若松本部長代理、取締役に就任

当本部の「智恵袋」とも言うべき、皆様よくご存知の若松常正が、昨年6月取締役に就任いたしました。これまでと変わることなく、新聞社のために全力を尽くす所存ですので、皆様には引き続き、何卒宜しくお願い申し上げたいと思います。

10.都島工場閉鎖

 残念なニュースですが、生産工場の集約化の一環として、大阪の都島工場が閉鎖されました。大正3年以来、色上質紙やノーカーボン紙の開発工場として先駆的役割を果たし、グラシン、ライスペーパーなどの薄葉紙を初めとする特殊紙の抄造を担当してきましたが、その長い歴史にも幕を下ろすことになりました。

<番外編> 日本シリーズ O/N決戦 日本一にジャイアンツ

 日本シリーズのO・N決戦が大きな話題になりました。世紀末にふさわしい対戦に日本中が燃えました。日本一に輝いたのは、ジャイアンツ。その後も、騒ぎはなかなかおさまりませんでした。当社も紙の大量発注のおこぼれをあずかり、感謝合掌。G党には番外で申し訳ありません。


第15号 (発行日:2001年1月4日)
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