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通算15号 有楽町かわら版 2001年(平成13年)1月4日 (季刊)


「21世紀の新聞用紙/その機能と在り方」 新聞営業本部
新聞営業部主任
田島 智弘


 電子の力とは、まことに強大で魅力的で、また恐ろしいものである。電子と紙とは、切っても切れない関係で、紙の種類も電子技術の発展によって分化してきたと言ってよい。電子写真用紙といわれるPPC用紙、感熱記録紙、インクジェット用紙はまさにパソコン・デジタルカメラの普及によって生まれた紙だし、一般印刷用紙の分野だってオンデマンド印刷に表わされるように、電子技術なくして成立はしていない。

 一昔前、パソコンの普及が見込まれ、ペーパーレスの時代がやってくると言われながら、しかし逆に紙の需要は増加し、先の新しい紙の発展をもたらした。これは機器(ハード)が、情報記録媒体として紙を要求してきたし、紙もそれに応えるべく、機器メーカーと共に不断の開発を行ってきたからである。無論、紙を超えるような記録媒体も存在しなかった。

 しかし、2001年を迎えた現在は、少し違う段階に入っているような気がする。IT(情報通信技術)という言葉が飛びかっているが、インターネット技術を中心にそれによってビジネスだけでなく、我々の社会・生活様式、つまり文化までもが(劇的に)変化すると言われるからである。 

 要は、我々の生活の一部がただ変わるのではなく、生活全体にまでそれが及ぶというのである。

 前置きが少々長くなったが、そうした中で、新聞とその基礎資材である新聞用紙の機能・在り方について、考えてみたい。結論から先に申し上げると、新聞と新聞用紙の機能は基本的に変わることはないし、その存在意義は益々重要で且つ尊いものであると思う。しかし、電子技術に支えられたマルチメディアは、新聞(用紙)にとって、共生はしていくものの全体としては、常に厳しい状況をもたらすものと思う。

 マルチメディアの中で最も注目すべきはテレビではないかと思う。よく聞かれる若者の新聞離れは活字離れとも言われる。テレビがこれに多大な影響を及ぼしたことは間違いないと思う。新聞は静止画(写真)でそれも多くは文字によって情報が送られ、読者は目で見て、読む作業をし、頭で考える。しかしテレビは、動画(映像)で、目と耳で情報を聞くが、新聞に比べ情報認知の段階に留まってしまう気がする。そして、何よりも動画であること(ニュースもドラマもそうだが)、それもアングルをいくつも変えて視聴者を飽きさせないというか、そのために一つ一つのカットがどうしてもコマ切れになる。このことは何をもたらすのか。長時間物事に取り組めなくなるのである。


 少し脱線するが、例えば演劇において、今の芝居の上演時間の多くが1時間半から2時間以内である。何故か。観客が2時間以上はもたないからである。もちろん、役者の腕や劇場環境・台本等の問題もあるが、常に違うアングルで見慣れているテレビ世代には、固定した客席で一方向から長時間見続けることは苦手なのである。だから、おそらくはほとんどの演出家は(休憩を設けなければ)上演時間を2時間以内(実際はできれば1時間45分以内)にするために、相応の労力を割いているはずである。

 それともう一つの特徴として、今の演劇はせりふが実に速い。(何を言っているのか分らないのはダメだが)ゆっくり言い回しては、観客がこれまた違和感を覚え、もたないのである。場面展開も速い芝居が多い。このことは我々のしゃべりが速くなってきていることの表れとも思うし、この「コマ切れ」「速さ・スピード」は、今の情報化社会に通じるものがある気がする。テレビ・パソコンに慣れた世代は、ITを受け入れる土壌がそれだけ醸成されてきているのではないだろうか。


 インターネットを中心にしたニューメディアの強みは、「速報性(速さ)」「双方向性(直接話法)」「検索性(ほしいものを必要な時に)」と言われる。一般家庭において、IT(革命)の核に位置づけられているのがデジタル情報家電といわれるものである。これは家庭がネットワーク化されることで、パソコンや携帯電話だけでなく、テレビ・プリンター・電子レンジ・冷蔵庫・洗濯機・エアコン・照明器具といったあらゆる家庭機器が通信機能をもつことで一元管理され、様々な機能が付加されるというものである。

 そして、デジタルテレビはそれらの中心的存在になるといわれている。テレビショップや番組情報の検索、ビデオオンデマンドなどが付加され、当然ニュースもその中の一つに入ってくる。今後、これらがどのような形態になっていくのかは分らないが、紙媒体の視認性に負けない表示装置やモバイル化がもっと進めば、新聞(用紙)にとっては、厳しくなると思う。そして、これらが普及するかしないか、要は機能性に使いやすさを兼ね備えているかである。

 ITの推進者がパソコンでなく、携帯電話だといわれるのは、携帯電話が機能向上に加え、発売当初の重く暗い格好から、軽く、おしゃれで、何よりも人間の手になじむ形状になったからだと思う。パソコンのあの四角くいかつい形ではちょっと近づきがたい。


 話を新聞(用紙)に戻す。ITという言葉に象徴されるマルチメディアは、「速報性」「双方向性」「検索性」といった特性から、今後我々の生活にとって大変有効なものをもたらす可能性を秘めている。しかし一方で、この送られる情報は「コマ切れ」で単純化された表面的なものになりやすい。

 対して新聞(用紙)は、「一覧性・視認性」「記録性」「携帯性」を誇る。そして、何よりも歴史認識に立脚し、我々の行為決定のために必要な事実や問題の提起・論評といった深く考えさせるメディアは、(現在のところ)ペーパーによる活字メディア=新聞以外には存在しない。それはイコール新聞用紙の果たせる機能・役割である。個々のニュースはテレビ等で知るが、それに対するうれしさや悔しさ、あるいは自分の考え方の社会の中での位置付けについては、翌日の新聞の記事や論評を読んで見極める。こんなことは新聞にしかできないと思う。そこに新聞の尊さを感じるのである。

 もしかしたら我々の生活様式(広くは文化)までが変わろうとする時代の中で、新聞と新聞用紙の機能を我々の生活に照らして考えていく。そして、その機能を新たに認識し、その役割を果たすことはどういうことか、何をすればよいかを21世紀というの変り目の今、考えていきたいと思う。



第15号 (発行日:2001年1月4日)
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